10月 マツヤカメラ店 小林英次さん たかさん

マツヤカメラ店 小林 英次さん たかさん

奥様の小林たかさん(88歳)が取材に応じてくださいました

 

◆お店の歴史創業当時~現在の変遷いつ頃どんな商売から現在に至っているか?


観光地に行くと目につく緑色の旗。そう、フジカラーの登り旗。
今回は善光寺仲見世でカメラ店を営む小林英次さん(93歳)、たかさん(88歳)にお話を伺います。

「主人のお父さんは西後町(元善町より南へ約1km程)で松屋と言う釣具店(現在は移転)をやっていて、
そこの長男として生まれたのですが、東京へ出て金属加工の仕事に就いたと聞いています。

その後東京大空襲に合い疎開し、終戦を迎えてからここに(長野)に戻り、
当時空き店舗だった現在の場所で商売を始めました。」

(ご主人の英次さんは体調を崩され療養中だった為、奥様のたかさんが対応してくださいました)


◆なんと進駐軍の一言が起源?

今では少なくなった「写ルンです」

カメラ店を勧めたのがなんと進駐軍の米兵

「当時はまだ戦後の混乱の中でした。
そんな中、進駐軍の米兵に『これからは写真が流行るから、カメラ店をやったらどうだ』と勧められました。
そうしてマツヤカメラ(お父さんの営んでいた松屋の名を継いで)を始めました。

当時は高度経済成長期と言う事もあり、当時高価だったカメラが一家に一台と言われる様になりました。
食べるものもままならない戦中戦後からは想像もつかないくらい豊かになりつつある昭和30年代以降、
日本各地には観光で出かける方が多くなり、記念写真を撮る事が当たり前となったのだと思います。」


◆モノクロからカラー…そしてデジタルへ

希少なレトロカメラも並ぶ(非売品)

今では貴重な資料的価値のある写真

「今や携帯電話で気軽に写真が撮れる一人一台のカメラの時代ですが、
当時はフィルムカメラが当たり前の時代です。
それも白黒のフィルムでした。
それでも写真として記念(記録)に残ることが嬉しい時代。
それがカラーフィルムになり、その後使い捨てカメラ(レンズ付きフィルム)の登場で、
随分と忙しい時代もありましたね。」

店内にはマニアが欲しがる様なレトロカメラが置いてありますが売っているのですか?

「これは展示しているものなんです。
売って欲しいと言うお客さんもお見えになるのですが、これは全て思い出の品なんです。」

非常に貴重な写真を保管されていると伺いましたが?

「これは戦時中の善光寺本堂前の香炉で、主人と本家の叔父と撮った写真なんです。」
と見せてくれた写真は現在善光寺本堂前に奉納されている香炉とは異なる、
戦時中の金属供出で失われた香炉が写っている写真。


◆写真という媒体を通し、時代を物語る・・・

時代の移り変わりをファインダー越しに見続けるマツヤカメラ
英次さんの復帰を心待ちにしつつ、小林たかさんは優しくも凛とした眼差しで
お嫁さんと一緒にお店を守っていました。